Mille Plateaux 00
Kazuo Ohno
(Japan)
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大野一雄写真集 釧路 撮影・細江英公


この写真集は、大野一雄の強力な支持者の一人だった、
北海道釧路の宮田精神科医の追悼舞踏公演のもの。
私が京都に棲んでいた頃、若い友人であった宮田医師の長女の
宮田有香さんからそのビデオと写真集一式を頂いた。
有香さんは私の京都での公演の音楽を担当して助けてくれた。
有香さんの話によれば、
お父さんは精神病院の経営に疲れ自死なさった。
大野一雄は宮田医師の追悼にその病院で患者の前で踊り、
写真家・細江英光は、この追悼公演の撮影一切を引き受け、
広大な根釧原野に大野一雄を放って撮った。
命の出会いと別れ。
魂魄の写真集である。
宮田医師よ、安かれ!

 大野一雄に捧げる


生ける衰弱体への転生

大野一雄は百年をかけて、生きたまま衰弱体に変成した。
その見事な生涯に、いまさら何を言うことがあろう。
百年生きることはそうそう誰にもできるものではない。
ただただ、おめでとうございますと、その奇跡を喜ばせていただく。

大野一雄という奇跡とは何か?


魂に追いすがる

私は若いころ大野一雄の踊りが好きではなかった。
何度見ても同じような踊りを繰り返すばかりにみえた。
80代の大野一雄が舞台に立つ。
右手を上げるのが彼の踊りの始まりの癖だ。
そして、彼の特長になっている大きな手から魂を飛び立たせる。
からだがゆっくり魂に追いすがるかのように動く。
それだけだ。
今から思えばそれだけでもすごいことなのだが、
土方の衰弱体を過剰に追い求めていた私には満足できなかった。
(モダンダンスじゃないか)とさえ嘯いた。
だが、そのころからじっくりと大野一雄は
自分の踊りに劇薬を仕込んでいたのだ。

大野一雄が90歳を越えてなお踊り続けたとき、
奇跡が起こった。
大阪のトリイホールでそれを目撃した。
いつものように舞台に立つ。
右手を上げていく。
(また、いつものパターンか)
そうつぶやきかけたとき、突然挙げかけていた腕が落ちた。
そして、その瞬間90歳の大野のからだが
これまで見たこともない形に褶曲した。
練りに練った始まりだった。
この一瞬の動きはよほど練習しないとできるものではない。
そして、何年間も常道的な動きを見せ続けることによって、
続けてみている観客を騙し、まるで催眠術をかけるかのように
リフレインのやすらぎに誘い込んできた。
そして、溜めに溜めて、
90歳ではじめてそんなどんでん返しを踊って見せたのだ。
私は驚かされた。このひとのどこにそんな
テーブル返しの情熱が秘められていたのだろうと。

その日の踊りは壮絶だった。
踊るからだがほとんど動けるか動けないかの境をさまよっていた。
魂においすがるからだという
いつもの構図はもうそこになかった。
たましいもからだも幽界と冥界を
行き来しゆらぎつづける踊りだった。
すでにどちらも他界に属していた。
ひとつの踊りが終わり、楽屋へ引き返すとき
何度も出口を間違えて舞台上をうろうろした。
これは生きた衰弱体以外の何者でもない!と心の中で叫んだ。
大野一雄は踊りながら生ける即身仏に転生する舞踏を発明した。
その百年の生涯をかけて転生して見せたのだ。

終わって出口で観客を送る大野さんのからだを
私はきつく抱きしめさせてもらった。
そのときいただいたものを私はからだに秘めて生きている。




死海  The Dead Sea
小栗判官照手姫 Ogurihouganterutehime